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神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)626号 判決

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告末広武夫に対し金一六万六五六八円、同木谷膳一に対し金三五万一四〇二円、同高崎八郎に対し金一〇万一一四八円、同本持政良に対し金一四万〇三一二円及び右各金員に対する昭和六二年二月八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らはいずれも被告に雇用されタクシー乗務員として稼働していたものであるが、原告末広武夫(以下「末広」という。)は昭和六一年七月末日、同木谷膳一(以下「木谷」という。)は同年三月末日、同高崎八郎(以下「高崎」という。)は同六〇年一〇月末日、同本持政良(以下「本持」という。)は同年九月末日にそれぞれ退職した。

2  給与について、被告は、毎月の給料以外に、退職金及び年功給がないかわりに月間水揚高三八万円以上の乗務員に対し、その水揚高の一定率を積立てて毎年七月一〇日及び一二月一〇日に支給する旨乗務員らと合意していた。その計算式は次のとおりである。

(一か月の水揚高-三八万円)×〇.四+一万一〇〇〇円

3  原告らの退職時における右積立金の未払額は、原告末広につき一六万六五六八円、同木谷につき三五万一四〇二円、同高崎につき一〇万一一四八円、同本持につき一四万〇三一二円であり、その内訳は別紙積立金明細に記載のとおりである。

4  ところで、被告は右積立金は賞与であり、その支給日に現に被告に在籍しない者には支払わない旨就業規則に定められていると主張する。しかし、仮に、右積立金が賞与であるとしても、支給日に在籍すべき要件を付する就業規則は労働基準法二四条に違反し、無効である。

なぜなら、右給付金は名称は賞与であっても、毎月の水揚高の一定率を月々算出し、本来能率給として毎月支払われるべき給与を支払わないで積立てたものであるうえ、支給日に在籍しなくとも支給金額は明確であるなど、賞与とは明らかに性格を異にする実質的給与だからである。

5  よって、原告らは被告に対し、原告末広に金一六万六五六八円、原告木谷に金三五万一四〇二円、原告高崎に金一〇万一一四八円、原告本持に金一四万〇三一二円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年二月八日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告らが被告の元従業員でタクシー乗務員として稼働していたこと、いずれも退職したことは認め、その退職時期は争う。

原告らの退職時期は、原告末広が昭和六一年七月三〇日、同木谷が同年三月二三日、同高崎が同六〇年一〇月二〇日、同本持が同年一一月六日である。

2  同2の事実のうち、被告が乗務員に対し給料以外に退職金及び年功給を支給しないことは認め、その余は争う。

被告は、就業規則に従って、給料以外に毎年七月一〇日及び一二月一〇日に賞与を支給しているが、右賞与の額については、月間水揚高三八万円以上の乗務員について、定額一万五〇〇〇円に、水揚高が一万円増すごとに四〇〇〇円を加算したものをその月の賞与該当額とする旨、その算定期間については、七月一〇日支給の賞与につき前年の一一月二一日から当年の五月二〇日まで、一二月一〇日支給の賞与につき当年の五月二一日から一一月二〇日までとする旨、また、当該支給日までに退職した者には支払わない旨就業規則に定められている。

3  同3の事実は争う。ただし、原告らの水揚高のうち、原告高崎の昭和六〇年八、九月分及び同本持の同年七ないし九月分を除いて認める。

原告高崎の昭和六〇年八、九月分の水揚高は、それぞれ三六万三一八〇円、三八万七三九〇円であり、同本持の同年七ないし九月分の水揚高は、それぞれ四四万〇二一〇円、四四万〇三九〇円、四一万九八六〇円である。

4  同4は争う。

被告は原告らから積立金として金員を預かったことはなく、また、被告の支給する賞与は水揚高をその算定基準とするものにすぎず、積立金の払戻しではない。そして、雇用者の勤務条件は就業規則等によって定められるところ、被告においては、賞与につき支給日までに退職した者には支給しない旨就業規則で定められており、原告らはこれを承認したうえ被告と雇用契約を締結し、いずれも当該賞与支給日(原告末広につき昭和六一年一二月一〇日、同木谷につき同年七月一〇日、同高崎及び同本持につき同六〇年一二月一〇日)までに退職したものであるから、右賞与の受給資格はない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実のうち、原告らが被告の元従業員でタクシー乗務員として稼働していたが、現在はいずれも退職していること及び同2の事実のうち、被告が乗務員に対し給料以外に退職金、年功給を支給しないことは、当事者間に争いがない。

二  原告らは、被告が乗務員らの月間水揚高の一定率を毎月積立て、これを毎年七月一〇日と一二月一〇日の二回に乗務員らに支給することになっていた旨主張し、これに対し被告は、右給付金は賞与であって積立金の払戻しではない旨主張するので、この点について判断する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

被告の従業員の給与については就業規則中の賃金規定で定められているが、昭和四八年一一月二一日にブルーボーイシステムと称する給与体系が導入されて以来、具体的な算定基準等については改定された経緯があるものの、基本的には変動がない。そして、右の給与体系は、それ以前の歩合給に重点を置く給与体系に対して、給料については固定給を原則とし、もって乗務員の募集を容易にし、賞与については能率給を原則としながらも、算定基準を明確にすることによってその都度労働組合ないし従業員の代表と交渉する手間を省くことを目的とするものであった。すなわち、毎月の給料については、基準内賃金として時間給を基礎とする基本給、水揚高等を基礎とする歩合給を、基準外賃金として超過労働賃金等の各種手当を支給することとし、賞与は右給料とは別に月間水揚高を基礎として算出し、これから有責又は自損事故を起こした者については事故控除をして支給賞与額を決定するものである。この他に、積立金の名称で支給されるものはなく、また、右給料(基準内賃金及び基準外賃金)から一定率の金額を控除してこれを積立てるような制度もなかった。右賞与の算定基準は、従業員の親睦団体的な組織である神睦会の同意を得たうえ過去数回にわたり変更されてきたが、昭和五九年一二月二一日から改定、実施された就業規則(乙第一、二号証)によれば、月間水揚高三八万円以上の乗務員について定額一万五〇〇〇円に、水揚高が一万円増すごとに四〇〇〇円を加算した額をその月の賞与該当額とし、一一月二一日から翌年五月二〇日までの分をその年の七月一〇日に、五月二一日から一一月二〇日までの分をその年の一二月一〇日にそれぞれ賞与として支給するが、当該支給日までに退職した者には支給しない(以下この欠格事由を「在籍者要件」という。)旨定められている。

右の事実によれば、右の賞与として年二回支給されるものは、各人の月間水揚高をその算定基礎としているところからみて、労働の対価たる性格をも有するものであることは否定できないが、毎月の給与の一部を積立てたものではないといわざるをえない。

〈証拠〉中、右の認定に反する部分は採用せず、他に原告らの主張を認めるに足る証拠はない。

三  ところで、原告らは、賞与として支給される右給付金につき在籍者要件を定める就業規則は労働基準法二四条に違反し無効である旨主張するので、この点について判断する。

〈証拠〉を総合すると、神戸市のタクシー業界においては、乗務員の不足に対処しその勤務継続を確保するために、賞与の支給につき在籍者要件を付するのが一般的慣行となっており、被告従業員らで組織する神睦会の同意を得て作成、変更されてきた被告の就業規則においても従来からこの旨明らかにされていて、原告らもこれを承知のうえで被告と雇用契約を締結したことが認められる。

右の各事実に、賞与は労働の対価としての性格をも有するとしても、その支給条件を就業規則等で定めること自体違法でないこと、また、乗務員の勤務継続の確保という見地からみれば、在籍者要件を設けることもあながち不合理とはいえないことなどを併せ考慮すれば、被告における就業規則で賞与の支給について在籍者要件を付したことが労働基準法二四条に違反するということはできない。

そして、弁論の全趣旨によれば、原告らはいずれも当該賞与支給日(原告末広につき昭和六一年一二月一〇日、同木谷につき同年七月一〇日、同高崎及び同本持につき同六〇年一二月一〇日)までに被告を退職していたことが認められるから、原告らには右賞与の受給資格はなかったものというほかはない。

四  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川敏男 裁判官 野村利夫 裁判官 松井千鶴子)

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